山嶺「8月号」

 明日から平成最後の後半に入る昨日6月29日、気象庁は関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表した。6月の梅雨明けあまりにも早すぎない、これから酷暑が心配される3ヶ月間どうやって過ごしていくのか不安がいっぱいです。役員、会員諸氏も今までの経験値で今年の夏山計画を進めておられると思いますが、酷暑に対して十分な準備をして夏山を楽しみましょう。

 今年の豪雪は各地に甚大な被害を及ぼしましたが、小係が6月に計画した天生峠(花紀行⑧天蓋山)。国道360号線は通常ですと6月上旬には冬季閉鎖が解除されますが、災害復旧工事延びて未開通。急遽計画を変更せざるを得なくなりました。

 23日は小雨模様どうしても気力がわかない?湿原散策も検討したが、木道は雨が降ると滑りやすくなると言い訳して「飛騨古川」の街散策に切り替えた。作り酒屋に入り試飲して各自お土産を買いこみ、鯉泳ぐ掘りなど見て「志田旅館」に投宿。玄関フロアーはなんと1本のトチの木から製材された床材が施され、飴色に輝いていた。

山嶺「7月号」

 5月29日都岳連の総会に出席した。

 亀山会長は登山界が「非常にわからない状況になっております」と話していた。データ上では傘下の加盟団体では高齢化で存続不可能で脱退する状況が続いており、個人会員も昨年度から減少傾向に入っております。

 世の中ではツアー登山、ネット登山、単独登山等若者の登山ブームが到来しているかのような印象を受けるが、世の中そうでもないらしい。本会も御多分に漏れず若手の入会が続いているが、高齢化で脱退する会員が多く、マイナス傾向に歯止めがかからない状態が続いております。引き続き会員の皆様におかれましては口コミ勧誘のご協力をお願いする次第です。 旅行会社ではネット登山、単独登山が盛況で客数の伸びが期待できない旨の話が多く聞こえてきます。 一方山小屋でも、テント場含め客数は多く無く、アルバイト学生は集まらず非常に厳しい状況と夏山相談会である山小屋のオーナーが話しておりました。

 都岳連が公益社団法人に移行して赤字が続いたが、営業努力で黒字経営に変わった旨の決算報告が有りました。

山嶺「6月号」

 焼山登山口から神奈中バスに乗車すると、ドライバー氏から「ヤマビル」いなかったかと質問された。バス道路を境に山側にはヤマビルが生息していると言われた。

 5月4~5日東海自然歩道の西丹沢~焼山登山口を歩いた。いくら暑い日が続いてもまだ5月上旬、今回は被害に合わず無事下山した。コース中1箇所、焼山登山口の林道から登山道に入る地点に真新しい、「ヤマビル」注意の標識が設置されていた。

 2年前の9月、雨上がりで蒸しい日、藤野駅からタクシーで菅井トンネル下車。「ムギチロ」に向かう登山道で被害にあった。気象条件は高温多湿、雨中及び雨後が要注意。登山道の両側は落ち葉等が堆積して、休憩でザック置く座る等は絶対ご法度。ムギチロで遭遇したヤマビルは小さな黒色、各

地で微妙に違うようだ。谷川温泉からヒツゴー沢出合までの登山道では白色、21世紀に入り遭遇するようになった。人や野生動物が媒介して、日本各地に生息地が拡大傾向です。生息が疑われる山へは、安全で楽しい登山のために、万全な対策を講じて入山しましょう。

山嶺「5月号」

 春の彼岸が過ぎると我が家の庭にも、スミレを始めとして雑草(「雑草という名の植物は無い」と牧野富太郎博士の言葉)がいっせいに花を咲かせ始めます。一つ一つ小さな鎌で雑草を毟るが、小さな花ばかりだが、野山で見る花同様愛らしく咲いております。

 今年の3月までの天気は非常にメリハリのきいた天気変化でした。久しぶりの寒い冬で、アイスクライミングをする諸氏はエンジョイされたことでしょう。3月に入ると気温が一気に上がり夏日も観測されて、桜は3月末には満開を迎えました。

 3月25日の例会「花紀行⑥大ドッケ」は福寿草がメイン。21日の雪が残り、残雪踏みしめてのハイキングになりました。秘密の花園で知られる福寿草は、沢の源頭部の尾根状一角に一面に群生しておりました。只春分の日の降雪で大半が雪の中に埋もれていましたが、雪の上に顔を出した福寿草は陽に浴び、大きく咲き誇っておりました。

 今年も例会「花紀行」シリーズ計画します。上手く開花の時期にめぐり会えるか今から楽しみです。

山嶺「4月号」

 今回の冬季オリンピック、メダル獲得数が史上最高と報じておりました。種目が増えその分メダルも増加したとの報道は目にしなかった。メダル獲得のシーンはこの上なく素晴らしい光景でした。

 スキー、ノルディック複合の渡部暁斗選手は全ての競技終了後、オリンピック寸前の練習中に肋骨を骨折したと表明しました。肋骨の骨折は通常の生活はできるが1秒を争う競技で、あの健闘は素晴らしすぎました。渡部選手の事故で「怪我と弁当は自分持ち」と言う故事を思い出しました。

昔、富山に向かう夜行急行「能登」床にマットを敷き寝ると背中が痛い、普段は気にならないが前週、肋骨を骨折していた。大きな事故は今まで無かったが、小さな事故は何回となく起こしたしまった。その都度「怪我と弁当は自分持ち」の故事を思い出し反省した。

 事故の当事者は辛く、耐え難い痛みとの闘いがありますが、事故に謙虚に向かい合い、救助者や仲間が居たならば、素直に感謝の気持ちを伝えることが、人として一番大事なことではないでしょうか。

山嶺「3月号」

 新潟県は豪雪地帯と一般的には認識していられる方が多いと思いますが、車で冬の関越道を新潟に向かうとチェーン規制は長岡までが通常です。昨年湯沢からスキーの祭典の福島県磐梯に向かうと、長岡から新潟市先の五泉市までは雪は見えない状態でした。1月11日の信越線、電車立ち往生事故は7年ぶりの大雪がもたらしたと、報じておりました。当日湯沢では降雪量はほとんど無く、里雪型でしたと湯沢の住人は申しておりました。湯沢の道路除雪作業はこれでもか?と思えるほど朝から晩まで除雪作業が続いております。JRは温暖化の影響か海岸近くでの、降雪量の減少で緊張感がなくなってしまったのではないかと思いました。

 13日弥彦山で雪崩により、女性登山者が死亡と報道されました。その後ニュースは倒木の為死亡と訂正されました。弥彦山は海岸近く、普段は雪が少ないと思われますが当時の積雪は70㎝。昨年暮れに表参道コース8合目で倒木が発生、入山禁止の立て看板が設置されていました。自己責任とはいえ入山禁止の看板無視はルール違反です。

山嶺「2月号」

 3日初例会を開催した。逗子駅は北側に山が迫り、北風を遮り暖かい。雑踏離れ少し歩いた先の延命寺で先ず今年の安全登山を祈願した。六代御前の墓に参拝。墓の右手の急坂を登ると長柄桜山。篠竹に山桜、檜等の自然林で形成されたうっそうとした森の中に古墳が第1、第2と有り暫し古代に思いをはせる。文豪徳冨蘆花の記念公園で早めの昼食をとり、森戸海岸に出る。熊野神社右手が「はやま三ケ岡山緑地」真名瀬コースの登山口、階段続きでナカナカ手強い大峰山でした。途中木々の間からは葉山の御用邸と真青な相模湾に江の島、富士山が綺麗に見渡せた。東南のツツジコースを下山してバス停で解散した。

 暮れに入会したと名のるM氏、今日参加しますと突然現れる。「往復はがきで係に申し込み、承諾があってから参加できます。会員証も持参ください」とルールを説明したが理解してもらえず、残念。今日は特別参加ですよと参加してもらいました。もう一度「規約、細則、山嶺」で例会参加ルールを確認しましょう。「安全で楽しい登山のために」。

山嶺「1月号」

平成30年 謹賀新年

 昨年は東京野歩路会において個人山行ですが前代未聞の、会員遭難行方不明事故が発生致しました。更に登山教室においてはロープ結束ミスでの転落事故。残念な事故が続きました。 オンラインでの「コンパス」への登山計画書提出厳守で、今年こそ「安全で楽しい登山のために」をモットーに行動して行きましょう。

 山嶺の編集作業、昨年報告したIT化。役員諸氏、事務局員の協力のおかげで校正作業の時間短縮が図られました。引き続き推進して、紙面のリニューアルも進めてまいります。フェイクニュース飛びかう時世ですが、実直で会員第一の編集方針で作業を進めておりますのでご期待ください。

 私事で恐縮ですが、本年1月で入会して35年。また役員就任も30年という節目の年を迎えました。初心に帰り、新たな気持ちで業務を遂行していく所存でございます。

 東京野歩路会の例会は幹事、特別幹事そしてOB幹事が「係」と称して開催致します。係は2ヶ月前に山嶺用の計画原稿をまとめ事務局に送信し、会員からの参加申込みを受付けて、例会当日を迎えます。係は多忙です、手弁当で日夜努力しております。日帰りの電車利用の例会であれば簡単ですが、タクシー利用であればタクシー会社に予約を入れ、泊が有れば宿屋を探し予約します。また貸切バス利用であれば予約をし、参加申込みに一喜一憂いたしております。これも皆自分が好きな登山・スキーを1人では無く、多くの会員諸氏と笑顔で共有できる楽しみが有るからです。例会は係が先頭を歩くのが野歩路流です。副係に先頭歩かせ、最後尾で全体を見ると言う考えも有りますが、大人数での団体行動では全体を把握出来かねます。会員諸氏から井上は歩かせ上手だと言われております。参加者に絶対バテさせない歩行を常に実践しております。一定速度のコントロール、常に後続を確認して、離れていれば待つ。少しでも危険と思われる橋、岩場、残雪地点などはロープを出し完全確保致します。ロープを出さない場合でも危険個所を全員通過するまで待機致します。分岐地点や大勢の登山者が集う地点などでは、点呼をして参加者の人数把握に努めております。また所詮歩くのは参加者本人ですから「自分の足を信じて歩きましょう」と皆様に声掛け致しております。